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仙台家庭裁判所 昭和32年(家イ)207号 審判

申立人 渡部富子(仮名)

相手方 石井太一(仮名)

主文

相手方は申立人に対し金三万円を昭和三十二年十二月末日限り申立人宅に持参又は送金して支払うべし。

理由

申立人は相手方に対し、婚約不履行に因る慰藉料として金十万円の支払を求め、その申立の実情として述べるところによれば、申立人は昭和三十年九月○○○○製作所に三ヵ月間の講習を受けるため入所したところ、同年十月に相手方も右講習を受けるべく入所して互に知り合い、次第に深い交際に入り、その結果、昭和三十一年二月、相手方は申立人の母を通じ、妻子とは財産を処分した金のうちから金四十万円を分与して離婚することに話合がついているから、同年三月に申立人と婚姻したい旨申し込んで来たので、申立人は、相手がもと○○○である関係上、右言を信じて右婚姻の申込を承諾し、ここに両者間に婚約が成立した。ところが、相手方は、その当時から婚約成立をたてに無理に関係を迫つて来て遂に申立人と情を通じるに至つた。然しながら、約束の同年三月になつても、相手方は、その妻を離婚する気配も見受けられず、それに申立人は、同年十月相手がその所有にかかる財産を金百八十万円で処分した旨聞知したので、相手方に対し婚約の履行を迫つたところ、相手方は、右金百八十万円のうち金百三十万円で肩書住居地に家屋を買入れ、残金五十万円は家屋の修理や借金の返済に充てて費消して了つた旨、及び、子供に継母関係を生じさせることを考えて妻と離婚する気持を改めたから、申立人と婚姻する意思はなくなつたと申し述べたので、申立人はその頃、相手方を訪れ種種事情を訴えて婚約不履行に基く慰藉料として金二十万円の慰藉料を請求したところ、相手方では、家事調停で話合をつけるということであつたので、本件調停申立に及んだ次第である。なお、金十万円の慰藉料を請求したのは、申立人は相手方から婚姻の申込があつて以後一年間相手方の要望を容れて就職もしないで婚約の履行を待つていたので、その間の就職による収入を一ヵ月金五千円と見積つても合計金六万円の得べかりし利益を喪失し、それに、申立人が金二万円で買つた○○○○の製造機械を相手方から他え売るように言われて金一万円で売却処分してしまつたので、これでも金一万円の損害を生じ、また、申立人が今後身を立てるまでの経費として少くとも金三万円を必要とすると思われるので、以上の合計額として少くとも金十万円を算出することができるからである、というにある。

相手方は、申立人が述べた前叙の申立の実情は全部これを認めるが、婚約不履行に因る慰藉料を支払うべき必要はないと思われるから、申立人の要求には応じかねると述べた。

そこで、調停委員会は当事者双方と充分に協議して種種調停を試みたが、相手方は、慰藉料を支払う余裕もなくその必要もないと主張し、頑として応じないので、遂に調停を成立させることができなかつた。

然しながら、当事者間に争のない前叙申立の実情、及びその他本件調停に現われた一切の事情を検討すれば、相手方は○○○であつた身分を利用して犯した所謂結婚詐欺者にひとしいと認められ、従つて申立人の蒙つた精神的物質的の損害を賠償する義務があるといわねばならないが、申立人は、子供一人を連れている婚姻経験者でありながら、相手方が妻子ある身であることを熟知し、而も同人が約一ヵ月後その妻子と無理に離婚することを条件として婚姻予約をするに及んだ点は、その動機の如何を問わず、非難されるべきであると認められるから、両者の可非難性の軽重を比較考量して調停に代わる審判において責任の存在及び程度を明らかにするのが相当であると思料される。

よつて、当裁判所は、調停委員の意見を聴いて、衡平な立場で、調停の不成立に至つた経過、当事者双方の地位、職業、資産その他一切の事情を勘案し、相手方をして申立人に対し婚約不履行に因る慰藉料として金三万円を昭和三十二年十二月末日限り支払わせるのが相当であると認め、家事審判法第二十四条第一項に則り主文のとおり審判する。

(家事審判官 平川実)

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